英サンデータイムズに掲載されたインタビューの続きです〜。週末には……なんて言っていたのに、遅くなってしまってすみません! 本当は昨日アップしようとしていたんですが、ウィショくん主演の新しいドラマ『London Spy』の話題で大回転しているうちに夜が更けていってしまったのでした……! その『London Spy』ではゲイクラブによく遊びにくるゲイの青年、ダニー役を演じるとのことですが、このインタビューではウィショくん自身のセクシャリティについて、また俳優さんがカムアウトすることなどについて、飾りけなく、けれどウィショくんらしい凜として抑制された口調で話してくれていますので、よろしければぜひ!

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The Sunday Times, 3 August 2014: Whishaw Thinking (Part 2/2)

彼はベッドフォードシャー州のクリフトンで生まれた。普通科の学校に通いつつ、演劇活動に集中した。それで彼はもっとリラックスすることができたし、「世界から疎外されたように」感じずに済むにようになった。そしてお金を貯めてRADAに入学し、2003年に卒業した。
父親のジョゼはサッカー選手としてスティーブニッジFCでプレイし、現在はIT分野で働いている。母親はジョン・ルイスの化粧品カウンターで働いていた。ふたりはウィショーが七歳のときに離婚している。またウィショーには双子の兄弟、ジェームズがいるが、彼については後ほど話そう。

演じることは、内向的な性格を外向的にしたのだろうか。それとも、彼はいまでも内向的なまま俳優を続けているのだろうか? 「おかしな矛盾があるように見えるのはわかりますが、多くのものには矛盾がありますよね? 自分自身について考えてみたとき、誰しもグレーな部分があるんじゃないかと思います。ぼくは完全に両極のどちらかひとつじゃなくて、そのまんなからへんのどこかだったり、同時にその両極端だったりもします。そうした矛盾やグレーな部分、つじつまが合わない部分こそ、ぼくが物語や映画を愛する理由なんです……」 確かに。彼をなにかひとつのものに固定するのは不可能だ。

愛するパートナーを事故で突然亡くし、感情をあまり上手に表現できないキャラクターを演じて鬱になったりはしなかったのだろうか? 「いいえ、それはなかったです。とても心を動かされはしましたけれど」
恋人が母親にカムアウトできない、という状況に共感したりは? 「大変なことですから。そうできたひとみんなに、拍手を送ります」
映画のなかで、ウィショーが演じるキャラクターは勇気をかき集めるべくパニック状態で家の近所を歩きまわる。「そんなにとっぴでもないこととは思いませんでしたし、現実にあり得ることだと思います。そういうことにはとてつもない緊張感がつきまとうものなので、理性的に考えられてなかったりもしますし。パニックに陥っているときには、妙なことを口走ったりするものですよね」

ウィショーは両親にカムアウトする必要があったのだろうか? それとも、彼らはなんとなく気づいていたのだろうか? 
「(カムアウト*)する必要がありました。この言いかた自体、ぼくとしてはあまり好きではないんですけれども、これしか表現がないので……。ぼくの経験はドラマティックなものではなかったです。家の近所を歩きまわったりもしませんでしたし、みんなびっくりするほど優しかったですしね。そんなふうに優しく受け止めてもらえるとは予想していなかったんですが、そうだったんです。長い間、そうして伝えることにものすごく恐怖を抱いていたという意味で、ぼくと『Lilting』のキャラクターは重ねあわさる部分があります。なぜ怖いのかなんて、誰にわかるでしょう? ぼくにもよくわかりません。でも勇気がいるのは確かですし、みんな自分のタイミングでするべきことだと思います。これは映画のなかでも話し合われていることですけれど。
生まれてこのかたずっと知っている相手と、こうしたとても個人的で親密な話をするのは難しいものです。あらゆることが絡みあい、おそろしい重さとなってのしかかってきますから。世間がなんていおうと、ほとんどのひとにとって、こうした会話は親密でプライベートで難しいものなんです」

(*訳注:実際には「する必要がありました。この言いかた自体〜」というふうに話していて、ウィショくんはカムアウトという言葉を言ってはいないのですが、文章としてわかりやすくするためにかっこ書きにして入れてあります)

ウィショーのセクシャリティについては、多くの憶測が流れた。違和感を覚えるほどに。そうしたなか、彼は2012年8月、オーストラリア人の作曲家マーク・ブラッドショーと同性婚(市民パートナーシップ)をした。ふたりは2009年に公開されたジェーン・カンピオン監督の映画『ブライト・スター』の現場で出逢った。パートナーシップについては、ウィショーの代理人により、事実を述べただけのシンプルな発表がなされた。彼は、「それはプライベートなことなので」ふたりの関係の細部についての話題に引きずり込まれるつもりはない。彼のセクシャリティがなんであれ、きっとそういう部分は変わらないだろうと私には思われた。そう、彼はオープンであると同時に、プライベートな人間なのだ。

パートナーシップが発表されたタイミングについて、ウィショーに聞いてみた。実利的なことからあのタイミングだったのだろうか? 『The Hour』の次のシーズンが決まっていたら、もっと後にずらしただろうか? 彼のキャラクターは、ロモーラ・ガライが演じるヒロインとくっつく可能性がとても高そうだったし。そう言うと、彼は笑った。「いいえ、もちろん違います。それとこれとはぜんぜん関係ありません。ええと、なんて言えばいいんでしょう。(パートナーシップの)関係を結んだので、それについて話すのが嬉しかった、というだけなんです。戦略的な計画や考えなんて、なにもありませんでした」

『The Hour』で、あなたが演じるキャラクターにも恋愛ごとが起きたと思いますか? 「次のシリーズがあったら、彼ら(フレディとベル)をくっつけようという計画はあったと思います。とはいえ、あの番組を再開させるのはどんどん難しくなってきていると思いますが。でも、たとえば単発のエピソードとして五年後の彼らを描いてみるのも楽しいんじゃないかな、と。なにかを途中で投げ出してしまうのはよくありませんしね」

私は『The Hour』をとても楽しく鑑賞した。ウィショーのセクシャリティとはまったく関係なく、彼の演じたキャラクターとそのヘテロセクシャルな恋愛模様を信じることができた。だが、それは俳優がカムアウトした際にまったく影響がないことを意味するわけではない。
アン・ヘイシュを覚えているひとはいるだろうか? 彼女はストレートだったが、後にエレン・デジェネレスと同性愛関係になった。1998年、彼女はハリソン・フォードの相手役だった『6デイズ/7ナイツ』、ヴィンス・ヴォーンとホアキン・フェニックスと共演した『リターン・トゥ・パラダイス』、そしてヴィンス・ヴォーンとジュリアン・ムーアと共演した『サイコ』という三つの大作映画でカムアウトし、その後また改めてカムアウトしたが、それ以降、彼女が活躍しているという話はあまり聞かない。いまはまたストレートになり、男性と結婚しているのに、だ。
それは、彼女がロマンティックな恋愛映画のヒロインとしてふさわしくないとみんなが思ったからだろうか? もしくは、どんな意味でも主役にふさわしくないと思われたのだろうか?

何年か前、ルパート・エヴェレットが、カムアウトすることによってキャリアが「台無しになった」と言ったのは有名な話だ。1997年に公開された『ベスト・フレンズ・ウェディング』で主人公の親友であるゲイの青年役を演じて以来、ハリウッドは彼に対して扉を閉ざした。ルパートはハリウッドで成功しなかったのは自分がゲイだからだとしており、業界はゲイの男がストレートな主人公を演じられることを信じてみようという気さえないのだから、絶対にカムアウトするな、とゲイの俳優たちに向けてアドバイスしている。また、彼はストレートな俳優であるコリン・ファースが『シングルマン』でゲイの役を演じたことについては気に入らないとしている。

あれ以来、時代は本当に変わったのだろうか? ウィショーは、このことについてどのように考えているのだろう? 「ひとによってそれぞれ違うんじゃないかと思います」とそつなく答えた彼に、単にエヴェレットが優れた俳優ではなかっただけなのでは? と話を振ってみたが、彼は同意しなかった。私たちはこのことについて話し合った。もしかすると、前述の『セレブ俳優』だった場合、観客は彼らが違うタイプの役を演じているのをより受け入れがたいのかもしれない。必ずしもその役がゲイだからとかストレートだからということではなく、いつもの役柄じゃないから、ということで。

ハリウッドは現在でもおなじようにそうした面で手厳しいと思いますか? 「ぼくは、自分にとってプライベートなことを話すのが苦手じゃなかったことはありません。まず、ぼくの性格上、そういう話をしたいとは思わないんです。知らないひとと話をするのは落ち着かないですし。でもそれだけではなく、俳優の仕事には逆効果なんじゃないかと思うからでもあります。演じている役柄をそのまま受け止めて欲しいと観客に求めるなら、俳優が自分自身に関する情報をあれこれ明かしてしまうのは、その助けになりませんから」

セクシャリティはそれに勝るものだろうか? 演じる役柄がストレートの男性なのかゲイなのかは、ウィショーにとって重要なことなのだろうか? 「演技とは、すべからく誰か違うひとに変容することだと思うので、そこは関係ありません。俳優がその演じているキャラクターではないことなんてみんなわかっているのに、なぜその俳優の属性が、演じているキャラクターであると信じることに影響したり、その妨げになったりするのでしょう? 演技をしているのはわかっているんですから、あとはどのように演じてみせるかという問題だけです」
ルパート・エヴェレットがかのように主張したころから、時代は変わっていると思いますか? 「どんどん変わってきていると思います。もう問題ではなくなっていて、ぼくはそうしたことに遭遇したことはありません」

ウィショーは、問題にかかずらっているようなタイプではない。確かに彼はシャイで内気だが、同時にかなり意欲的でもあり、当初から自分自身についてはあまり明かしてこなかった。彼は紅茶を、私は水をちびちびと飲んでいる。目が眩むような太陽を避けるべく、私たちは椅子を何度か移動させた。
彼の今後のプロジェクトは、彼好みにバラエティに富んでいる。まずは『Suffragette』で、キャリー・マリガンの夫役を演じるのだという。「ぼくたちはふたりともイースト・エンドの洗濯屋(*)で働いているんですが、彼女は何人かの婦人参政権論者に魅せられ、政治活動をするようになっていきます。ぼくが演じるキャラクターは、それがまったく理解できません。『The Hour』を書いたアビー・モーガンの脚本による映画で、とてもおもしろいんです。いままで、婦人参政権論者たちの物語が映画になったことはないんじゃないでしょうか。作品から学べることにわくわくしました」

(*訳注:時代背景的に、クリーニング屋さんなのか洗濯屋さんなのかわからなかったです……すみません!)

その次には、十九世紀の小説家ハーマン・メルヴィルを演じる『Heart of the Sea』が控えている。「彼が『白鯨』を書くにいたるインスピレーションを得た物語についての作品なんです。彼はどうにか世界的な名声を得ようと努力しつつも、成し遂げられないかもしれないと脅えています。そうしたなか、彼は最高のアメリカ小説になるかもしれないと感じる題材に出会い、実際そうなるんですが、生きている間に評価されることはありませんでした」

ウィショーの祖父が、第二次世界大戦中イギリスのために働いたスパイだというのは本当だろうか? 「祖父にはロシアの血が少しと、ドイツの血が少し混じっていました。もう亡くなっているので、なにが真実かなんて誰にもわかりません。でも、いつか本当に起きたことを知る日が来るかもしれませんね」
彼はフランス人である祖母と親しいが、いまのところ、彼女について詳しい話は語られていない。もしかすると、(詳しい話をしないのは)ウィショー家の特質なのかもしれない。
双子の兄弟、ジェームズはまったく似ていないという。「彼は背が高く、色素が薄く、青い目をしています。ジェームズはぼくよりずっと外向的で、ぼくがこうして彼についてインタビューで話すのを喜んでくれます。なにか通信関係の仕事をしているんですが、実際になにをしているのかぼくにはよくわかりません」。彼らの間に、テレパシー的なものはあるのだろうか? 「いえ、ありません、残念ながら。父は、ぼくらがひとりの人間だったら素晴らしかったのに、なんて言っています」

彼の双子は、彼のようにゆたかな髪はしていないとのこと。ウィショーの髪はいつでも話題の的だ。とあるインタビュアーなどは、それがまるでカツラであるかのように、しかも変なカツラであるかのように話し続け、本当の髪だと知ったときには気まずそうな様子だったらしい。とにかく信じられないほどゆたかで、癖があるのだ。「まるで別個の生命体みたいなんです。長いこと嫌いでしたが、だんだんと気に入るようになってきました。ティーンエイジャーのころや二十代のころは、ただ剃り落していたんですけれど。耐えられなかったからなんですが、そのせいでより多くなった気がします」
ジェームズとはよく会うんですか? 「彼に16か月になる小さな娘、イーヴリンが生まれたので、いまはもっと頻繁に会うようになりました。叔父になれて嬉しいんです、本当に」
ふさぎ込んだ気分にはならなかったんですか? 「叔父となったことでふさぎ込んだりはしなかったです、とにかくひたすら嬉しいだけで。こどものまわりにいられる喜び、というんでしょうか。本当に魔法のように素晴らしいことですよね。とはいえ、彼らの家から帰ることができて、朝4時半に起きなくていいことも嬉しいんですけれど」

いつか赤ちゃんが欲しいと思う日は来そうですか? 「いまは、そういう気にはならないですね。その可能性がまったくないとは言いませんが、いまはあまりにも忙しく動きまわっているような日々なので、考える準備もできていないという感じです」
あなたはどのようなこどもでしたか? 「難しい子でした。もじもじしていた、と親には言われます」。双子であることについて、なにか思うことは? 「ぼくたちふたりはぜんぜん違うのに、なぜみんなぼくたちに同じものを買うのかわからない、と思ったことを覚えています。でも、それでぼくたちの間に対立や軋轢があったことはありません。変なの、と思っていただけで」。同じ洋服を着せられたりしました? と聞くと、ウィショーは顔をしかめた。「ええ、ママはぼくたちに同じ服を着せることがありました。たぶんそのほうが楽だからでしょうけれど。なにしろ80年代だったので、当時はかっこいいと思っていたんですが、とてつもなく醜いジャージ(*)を持っていたのを覚えています」

(*訳注:もとの記事では shell suit(シェルスーツ)となっていまして。これがどういうものかというと、てかてかした生地で出来た、派手な緑色とかピンク色とかのジャージの上下のようなものです……こんな感じのw)

演技に目覚める前、ウィショーは絵を描きたいと思っていたが、力量不足だと悟ったのだという。いま、彼は写真が好きだ。「適当にいじりまわして楽しんでいますが、撮った写真を絶対ひとに見せたりはしません。どう思われるのかが怖いのかもしれませんし、自分の楽しみや好奇心のためだけのなにかがあるのが心地いいからかもしれません。それに、もっと自分の作品を作ろうと考え始めるきっかけというか、ぼくのなかにそういう火をつけてくれました。脚本が来るのを待つのではなく、プロジェクトを始めるひとになろう、というような。なにか書きたいな、と思っていて、実際いま取り組んでいるものがあるんです」

電話が鳴らないとパニックに陥る、という俳優に特有のあの症状があったりしますか? 「いいえ、パニックになったりはしません。違う可能性があることにわくわくしますし、もっと積極的にならなくちゃと感じます。自分を満足させるものはなんだろうとか、自分はなにがしたいのか、なぜそれをしたいのか、という感覚のほうが大切です」

来年、ウィショーはアルメイダ劇場での舞台とボンド映画の続編に出演するが、それらに加え、降板したコリン・ファースに代わってパディントン・ベアの声をやると発表されたばかりだ。「楽しんでやっています。アニメーションの声を担当したことがないので、とても難しいですが。ぴったりくる声を探すのは、おかしくておもしろい作業です。あれこれたくさん試す必要がありました」
ウィショーは、こどものころパディントンについて特に知らなかったという。でも、彼は完璧なパディントン———知りたがりで、冒険好きで、人目をはばかることなくスウィートな———になるだろう。彼の話しかたには、独特のリズムがある。惹き込まれてしまうのだ。とても親密な雰囲気であると同時に、舞台のようでもある。彼は、言葉を大切に味わう。パディントンも、それは同じだ。

そして、ウィショーは『The Lobster』という映画にも出演する。「本当に素晴らしい、風変わりな作品で、大好きです。作中の世界ではパートナーがいないととあるホテルに送還されるんですが、そこに送られてしまう人々の話です。そのホテルでパートナーを見つけないといけなくて、見つけられないと動物に変身させられるか、隠遁者として生きることになります。隠遁者たちは森のなかに住む一族で、誰かと関係することはいっさい許されていません」

ウィショーはリンピング・マン(Limping Man、足をひきずっている男)と呼ばれる役を演じ、コリン・ファレルはロブスターになるかもしれないし、ならないかもしれないキャラクターを演じている。現実にこのような選択を迫られた場合、強制的に誰かとパートナーにさせられる、隠遁者になる、動物になる、のどれを選びますか? 「それがなんであれ強制されたり、永遠にひとりでいたくはないですが、動物になるのは……うーん、選択肢が豊富ですよね」

しばらくの間、私たちはなんの動物になるかを話し合った。私は自分の飼い猫になりたい。だって、とても大切にされているから。「ぼく、実は猫が飼いたくてたまらないんです。いつも猫がそばにいましたから。彼らは特別な生きものなんです。問題は、ぼくのいまのライフスタイルは移動が多すぎるというところですね」
RADAを卒業した後、彼は履歴書に「猫の繁殖」が趣味だと記載した。RADAに通っていたころ、彼は母猫とその仔猫という二匹の野良猫をフラットに招き入れた。意識的に繁殖させたわけではなかったが、猫たちは勝手に増えていき、彼とルームメイトが住む狭いフラットには十一匹もの猫がいたこともあるという。

去年、ウィショーはルイス・キャロルのアリスとJ.M.バリーのピーターパンが空想上で出逢うというストーリーの舞台『Peter and Alice』に出演し、ジュディ・デンチと共演した。怖かったですか? 「はいであり、いいえでもあります。彼女は人間としてこれ以上はないほど優しいですし、とても度量の広い俳優で、ぼくは彼女のことを敬愛しています。ですが、彼女は『ジュディ・デンチ』です。なので、しばらくの間は怖かったんですが、いつまでも怖がっているわけにもいきません。とにかく、仕事をちゃんとしないといけませんから」

なにか怖いものはありますか? 「なにか新しいことを始めるときは、いつでも怖くなります。新しいひとに会うのも怖いです。でも、ぼくはひとつの仕事から次の仕事へと飛び回っているので、常に新しいひとと会うことになるんですが、なんとかやるしかないと思ってやるべきことをやるのは、気分がいいです。いつだって、自分が思っていたほど悪いことになったりはしないものなんですよね」。ウィショーは、自分と同時に私のことも安心させるように言う。

「誰かのことを知るには時間がかかりますが、いい協力関係を築かないとなりません。ぼろぼろに崩れ去るか、上手くいかせる方法を探すしかないんですから」
私には、彼がシャイな人間であるようには見えない。ここにいるのは、自分が欲しいものを知っていて、自分の仕事に優れている、リラックスした人間だ。今日の撮影やインタビューは緊張しましたか? という問いかけに、彼は「いいえ」と笑った。まるで私の頭がおかしくなったかのように。そう、ウィショーのもじもじした日々は終わったのだ。彼はもう、インタビューで緊張したりはしない。彼は、上手くやってのけている。

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以上です〜。
本当に読み応えのあるいいインタビューだと思います! 世界中のファンの間で妖精さんとか森の小動物と呼ばれるのもわかる、その繊細で可憐で浮世離れした雰囲気はそのままに、実に気骨のある、静かだけれど強い意志を感じる言葉に胸があつくなりました……! 演じること、つまりは仕事に対する厳しいプロ意識をそこかしこに感じさせつつも、いまだ少年のように知らない世界にわくわくと踏み出していく様子も垣間見ることができて嬉しかったです! また、ものすごくプライベートな部分も、慎重に言葉を選びながらもまっすぐに話してくれていて、そこもぐっときました……!! もしかしたら、マークさんと幸せな日々を送っていることからくる、新しい強さなのかもしれないなあ、なんて思いましたです〜♡

インタビューの、最後の最後の部分。原文では「He’s making it work.」となっていて、本当は「彼は、前に進んでいる。」としようと思ったのですが。その前に出てくる部分との兼ねあいも考えて、また私の思い入れや意訳が過ぎるかもしれないと思い直し「彼は、上手くやってのけている」としました。……なんて裏事情を書くのはダサくてみっともないんですがw とても迷ったので、自分メモも兼ねて書いておきたいと思います!

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